大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

岐阜家庭裁判所 昭和57年(少イ)1号 判決

主文

被告人を懲役七月に処する。

未決勾留日数中一〇日を右刑に算入する。

但しこの裁判確定の日から二年間右刑の執行を猶予する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は肩書のとおり、その住居地で置屋「藤松」を経営している者であるが、違法であることを知りながら、年令を確認すべき注意義務を怠たり、当時一八才に満たない児童である甲野花子(昭和四一年二月二七日生)につき

第一  法定の除外事由がないのに、あえて昭和五七年一月二五日、芸妓として雇い入れ、同月二六日から同年二月一日までの間、自己の置屋に居住させて旅館等に派遣し、酒席において客の接待をする行為をさせ、もつて児童の心身に有害な影響を与える行為をさせる目的で同女を自己の支配下に置く行為をした

第二  昭和五七年一月三〇日午後一一時頃、蒲郡市金平町北沢一〇番地の八所在の旅館「形原ラドン健康センター」客室で、同女をして乙原一郎を相手に売淫させ、もつて児童に淫行をさせた

ものである。

(証拠の標目)〈省略〉

(法令の適用)

一  該当法令

1  判示第一の事実

児童福祉法三四条一項九号、六〇条二項(一年以下の懲役又は三〇万円以下の罰金)

2  判示第二の事実

同法三四条一項六号、六〇条一項(一〇年以下の懲役又は五〇万円以下の罰金)

二  刑種の選択

右いずれも懲役刑選択

三  併合罪加重(以上は刑法四五条前段の併合罪)

刑法四七条本文但書、一〇条(一一年以下の懲役)

四  宣告刑

懲役七月

五  未決勾留日数の算入

刑法二一条(一〇日算入)

六  刑の執行猶予

刑法二五条一項(二年間)

(弁護人の主張に対する判断)

一本件起訴は、もともと被告人は「甲野花子が一八才未満であることの認識はない」ことを前提としており、前掲各証拠による当裁判所の判断もまた被告人において同女の年令につき、積極的に一八才未満であることを認識しているとの悪意を認めたものでないから、弁護人の「被告人は花子を児童であることを承知しているものではない」との主張は特に取り上げて問疑すべきことではない。

二次に「認識のないことについての過失」の存否について考察する。

1  周知のように満一八才未満の婦女子が芸妓として稼働するを希望する余り、自からあるいはその保護者、周旋人等を通じ、その年令を偽り満一八才以上の如く装い、雇主を欺いて所期の目的を達する事例が世上決して稀でないことは経験上明らかである。

2  また身体の外観的発育状況は、甚だしい個人差があり(近時その傾向が特に顕著でもある)、必ずしも年令とは一致しないこともまた自明の理である。

3  法がかかる婦女子を雇入れる者に対し、児童の年令につきその不知を以つて、換言すればそれにつき雇主の主観的認識を以つて処罰を免れるを得ずとした所以は右実情にある。逆に言えば児童の年令の確認につき、客観的資料に基づいて正確を期するための調査方法を講じた場合は、年令を知らないことにつき過失がないものとして、犯罪の成立を阻却するもまた当然の法意と言うべきである。

4  ところで右客観的資料とは、一般には戸籍謄本、戸籍抄本、住民票等の身分関係を証する公文書が最も重要かつ有力な資料であるが、右公文書は近時他人が勝手に入手することが若干制約されるようになつたけれど、なお依然として他人の身分関係証書を自己のものとして悪用する事例は決して少なくない。

5 にもかかわらず現在当該人物の同一性を私人が確認できる客観的資料としては、右公文書が一般的でかつほとんど唯一のものであり、またその客観的手段、方法としては右公文書を取寄せたり相手から呈示を求め、本人や周旋人と面談し、身分関係を聴取等して、右公文書等の記載と照合をはかるほか、他に簡易にして適切、有効な手だては考えられない。(それ以上の官憲への調査依頼や学校照会等は当該婦女子のいわゆるプライバシーの侵害の観点から決して妥当とは言い難いのみならず、例えば児童やその父兄が他人になりすましている以上右調査が、果してどこまで意義があるのか疑問の余地なしとしない。)而して右調査義務の程度は、右公文書のいずれか一の呈示もしくは入手で足りるが、本人あるいは同伴者がいる場合は、同人らからの事情聴取は単に当該婦女子の氏名、生年月日を確認するだけでは十分とは言えず、更に該文書に記載してある本籍、世帯主(筆頭者)、続柄等にも及ぶべきであり、かつ保護者が同席していない場合は父兄への問い合わせが必要であろう。

(仮に本件のように親元からの回答が虚偽である可能性が極めて高いとしても、かかる結果の蓋然性は、確認義務を免れるものではないこと論を俟たない。)

蓋し、かく解することが児童福祉の理念に最も則し、また雇主に対しても決して苛酷な義務を強いるものではないからである。

6  そうすると本件被告人においては、その検察官に対する昭和五七年三月一六日供述調書によれば、被告人は

(一) 花子に対して名前と生年月日を確認したのみで本籍住所その他は聞いておらず

(二) 周旋人木下は花子を小さい時から知つており、親元へは同人から連絡するとの木下の言辞を何の根拠もなく信じ、特にそれ以上の問い合わせをした形跡は窺えない

ことが認められるから、前記見地に立てば被告人は、なお調査義務を尽くすべき余地は残されており、これにつき「過失のないとき」とまでは到底言い得ない。

7  のみならず本件においては、

(一) 児童に同伴して来たのは他人である周旋人の木下豊司郎であり、かつ被告人は同人が暴力団組織の構成員であることを知悉していた

(二) しかも木下は、被告人に対し花子の稼働を条件に多額の前借金を要求していた(当初は現金三〇万円を請求し、現実には話し合いの上二〇万円を受領している)

(三) そして花子の実際の年令は一五才一一か月と一八才よりかなり若年であり、被告人自身の同女の年令についての認識は、当公判廷の供述によれば、

「一八才はいつていると思つた」

「その姿、形から一八、九才に見えた」と言うにある。即ち被告人自身も、花子をその容貌、体躯から一八才を超えたばかりのいわば限界的な成人と観察していた

との諸事実が窺知される。

8  右状況は、花子ないしは周旋人たる木下において、将来継続して芸妓として稼働し、若しくは同女をして稼働させるのが真意ではなく、むしろ芸妓を手段として、場合によつてはそれを口実として、前借金を取得することにこそ主たる目的が存することは容易に推知できるところ(現に本件におけるその後の経緯をみてみるにまさにその予測通りである)、かかる場合においては前記のように前借金目当てに、児童や周旋人等が他人の住民票等を無断で取り寄せて自己と称し、その氏名、年令につき虚言を弄し、詐術を用いて多額の金員を詐取する典型的事例として十分に警戒すべきであり、またそのことは永年花柳界に身を置く被告人において知らないはずはあるまい。してみると本件の如きにおいては、被告人は右の調査のほかに、まずその差し出された住民票が児童本人のものであるか否かを確かめるべく、他の信頼すべき客観的資料、例えば異動証明書ないしは転出証明書の呈示を求め、あるいはその交付を受け、以つて調査の万全を図るべきである。然るに本件被告人は右履践を全くなさずこれを怠つているのであるから、花子の年令につき過失がない場合に該当しないと解するは相当であり、弁護人の主張は畢竟失当に帰すると言わざるを得ない。

(情状)

被告人は、永年芸妓置屋を経営しながら、前記の通り当該児童がかなり若年の上、保護者の付添いはなく、暴力団木下が同伴し、かつ多額の前借金を要求している本件の如き芸妓の周旋において彼らの不正な意図、手段をたやすく看破できたのに、何らこれに不審を抱かず、花子の年令が一八才以上との彼らの詐術を安易に誤信した落ち度は甚だ軽卒との譏りを免れない。

然しながら本件は、右の通り被害者たる花子らも共謀して巧妙に被告人をして犯罪行為に陥れた面も看過できない。ところで児童福祉法の保護する法益は、もとより将来のある児童の健全な心身の育成と愛護であつていわば国家的、社会的なものであることは論を俟たないが、具体的な事件における個々の児童の個人的法益も決して無視できない。その観点からすれば、被害者花子及びその母らとの家庭はまことに不健全、頽廃的の極みであり、言わば被害者は自らが健全な心身の生長する権利を放棄しているものと言つてよい。

被害者は前述の通り若年ではあるが、幸いにも芸妓としての稼働期間は甚だ短かく、淫行の回数も極めて少ない。本件罪数はもとより二個ではあるが、右淫行は芸妓稼業から派生したもので、いわばその延長線上の同根のものと言えよう。被告人は芸妓置屋を約一〇年経営してきたが、職業柄同種非違行為に陥りがちな環境にあるところ、とにもかくにも何らの前科、前歴を有せず本件が初犯で、今まで平穏な社会生活を送つて来た。被害者が被告人のもとで稼いだ収入(いわゆる花代の手取分)はすべて同女に支払済みであり、これによつて被告人自らが得た利益(七万円)は、これに十数万円を加えて合計二〇万円を保護施設に寄付し、もつて反省自戒の誓いを固くしている。本件により短期間ではあるが身柄拘束され、また事件として新聞等による報道がなされ、それなりの事実上、社会上の制裁を受けている。そして被告人は本件を教訓とし、今後婦女子の雇入れについては慎重な調査確認を約しており、当公判廷におけるその態度に照らしても同種再犯の虞れもほとんどないであろう。

以上諸般の事実を勘案し、未決勾留日数の算入については、被告人が当初より犯罪事実を全面的に自白している点を考慮した。

よつて主文のとおり判決する。

(丹羽日出夫)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例